捨て活とプログラミングの意外な共通点
はじめに
最近、部屋が散らかってきたので、いわゆる「捨て活」に挑戦してみました。汚部屋というわけではないのですが、物が増えてきて、なんとなく落ち着かない状態でした。
物理的なものだけでなく、デジタルデータの整理にも取り組んでみたところ、プログラミングと不思議な共通点があることに気づきました。
物理の断捨離:「今使うもの」だけを残す
捨て活を始めるにあたって、自分なりの基準を決めました。それは「今使うもの」だけを残すということです。
もちろん、ビジネスや冠婚葬祭など、今後絶対に使うものは別です。でも、「いつか使うかも」「もったいない」という理由で取っておいたものの多くは、結局使わないんですよね。
部屋から不要なものが減ると、本当に必要なものが見えやすくなりました。探し物にかける時間も減り、生活が快適になったのを実感しています。
デジタルの断捨離:「本当の思い出」だけを残す
次に取り組んだのが、デジタルデータの整理です。特にスマホの写真フォルダは、気づけば数千枚という状態でした。
写真を一枚一枚見直していくと、「なんでこれ撮ったんだっけ?」というものがほとんど。結局、残したのは「本当の思い出」だけです。
データが減ると、大切な写真を探しやすくなりました。何より、本当に価値のあるものだけが残っている安心感があります。
介護職で学んだ「シンプルさ」の価値
前職の介護職では、記録を書く際に徹底して教えられたことがあります。それは、誰が見てもわかるように、事実を簡潔に記述するということです。
介護記録は、職員と利用者の双方を守るためのものです。曖昧な表現や冗長な文章は、かえって混乱を招きます。必要な情報だけを、わかりやすく伝えることが求められました。
プログラミングとの共通点
学習していて気づいたのですが、コードも同じなんです。
- 不要な変数や処理を削ると、プログラムの動作が効率的になる
- パッと見てどんな動きが期待できるかわかるコードは美しい
- 読む人への配慮がある記述は、バグを防ぐ
介護記録で求められた「誰が見てもわかる簡潔な記述」は、プログラムのコードでも全く同じでした。コードは自分だけでなく、将来の自分や他の開発者が読むものです。シンプルでわかりやすいコードは、みんなを守るんです。
まとめ
断捨離もプログラミングも、本質は「シンプルであること」の価値を知ることなのかもしれません。
- 物理:今使うものだけを残す
- デジタル:本当に必要なデータだけを残す
- コード:必要な処理だけを書く
どれも、相手(未来の自分や他者)への配慮という点で共通しています。
部屋の捨て活から始まった気づきが、プログラミング学習に繋がるとは思いませんでした。人生のあらゆる場面で、シンプルさを追求することの大切さを改めて感じています。
